サービス付高齢者向け住宅からグループホームへの引越しは、母がデイサービスへ行っている間に済ませました。母を騙すようで気が引けましたが、母も混乱するでしょうし、どうしても1日で完了させなければならなかったため、スタッフのみなさんにもご理解いただき、そのように進めました。
出かける時はサービス付高齢者向け住宅、帰ったら引越し先へ。
通常ではあり得ない流れですが、母はぽわんとしていて、あまり理解できない様子でした。
ただ、なぜいつもの送迎ワゴン車ではなく、弟の車なのか・・・そこだけが気になったようです。
コロナ禍での貴重な「会える時間」でしたが、車に乗る際、母は弟が誰なのかわからず、
「どうも、ありがとうございます」
と、まるで他人に対するように深々と頭を下げていました。そして私に誰?とコソコソ聞いてくる。
今思い返すと、きっとこの瞬間です。
弟が深く傷ついたのは。
母に、自分の存在を忘れられている・・・。
もちろん、母は弟を「忘れてしまった」わけではなく、その時その瞬間の記憶が曖昧になっていたのです。
久しぶりの対面でもありましたし、症状にも波がありました。それでも、弟にとってはあまりにショックだったのでしょう。この出来事を境に、弟はコロナ禍の僅かな面会の機会にも消極的になりました。
コロナ前、弟は会社の帰りにも極力母をカラオケBARに連れだし、母が一番望むことを叶えていたのに…。今こうして書きながら弟の気持ちを思うと、どんなに寂しく悲しかっただろうと。弟は顔にも出さず、言葉にもしませんでしたが。
私のことは母の記憶に残っていたようで、その対比が、なおさら弟にはつらかったのかも知れません。
コロナ禍のはじまり。やはり、あの孤独な環境下での5ヶ月は大きかったのだと、今あらためて痛感します。
以前の母は白髪を嫌がり、一緒に美容院へ行き染めていました。でも5ヶ月が経ち、髪も伸びて白髪が目立つようになっていました。本当は、綺麗にしてから新しい住まいに送り届けたかったのですが、それも叶わず…。
弟は「混乱させるのは認知症によくない、本人が辛くなるんじゃないか」との理由で、少しずつ足が遠のきました。
私は何度も「後悔しない?」と確認しましたが、弟の中には、きっと複雑な想いがあったのだと思います。
次回は引越し先のグループホームでの”てんやわんや”な状況をお伝えします。
つづく…
こちらもあわせて読んでください♪
【関連記事】カテゴリー「母と私」https://www.sakuatsuk2.com/category/%e6%af%8d%e3%81%a8%e7%a7%81


コメント