第13回:会えないもどかしさと涙の日々

母と私(介護・家族の物語)

本格的にコロナ禍となり、先の見えない暗いトンネルに入ったような日々が始まりました。

毎日毎日、この状況では母に会えず、この先ますます症状が進んでしまう・・・焦る気持ちは募る一方でした。高齢者施設では面会が厳しく制限され、簡単に会える状況ではありません。

ケアマネジャーさんの計らいで、入居当初にかかりつけ医の変更に合わせて病院へ付き添う名目で一度だけ面会できました。しかしそれ以降、2021年10月まで母に会うことは叶いませんでした。やり場のない気持ちをぶつけるため、行政に投書したこともあります。「認知症には時間がない」「生きているうちに会わなければ」と必死で訴えました。

前の施設とは違い、グループホームではしっかりとした見守り体制があり、規則も徹底して管理されていました。もちろん、そういった面では信頼でき、安心もできるのですが・・・それでも、会えないということは、なかなか辛い日々でした。

制限は少しずつ緩和されましたが、緩やかすぎて思うように会えません。入居者は外出もできず、軟禁状態ともいえる暮らし。守るためとはいえ、人間としての尊厳が置き去りにされているように感じ、私はこの選択(母を入居させる)が間違いなのではないか、とは思うもののどうにもできない、何度も言いますが、どうしようもない気持ちを抱えていました。この頃もまたよく泣きました。

グループホームでコロナ前には、近くの公園へ散歩に出かけたり、バスでお花見に行ったりと、さまざまな外出のイベントがあったそうです。しかし母が入居したのは、そんなイベントのないコロナ禍の真っただ中。施設の中での毎日。お出かけしたい母はどんな気持ちだったか…。

施設のケアマネジャーさんは、このような状況にもかかわらず、私に丁寧に連絡をくださり、事細かな報告をしてくれました。母の様子、健康状態、こんな話をしたなど業務時間外にも電話をいただき、時には私の心のうちを聞いてくださることもありました。「家に連れて帰れたら一番良いのかもしれないと思いつつもどうにもできない」と涙ながらに話したこともあります。ケアマネジャーさんは、当時の私の心の支えであり、良い人に出会えたことに深く感謝しています。

同じ頃、会社では私の役割が変わり、コロナ禍の只中で新しい業務に追われる日々。母への思いと仕事の忙しさ・・・母のことも考えたい、仕事も忙しい、キツイ毎日でした。

それでも、ケアマネジャーさんや施設のスタッフの温かい気遣いが、わずかな救いでした。「会えなくても、母はきっと守られている」と思える瞬間が、私の心をほんの少しだけ落ち着かせてくれました。

次回は久しぶりに母に会えた喜びをお伝えします。

つづく…