母との最初で最後のふたり旅は、近場の温泉でした。
何かあってもすぐに家族に来てもらえるように、あえて近くを選びました。
母は昔から「旅行に行きたい」とよく言っていました。私がその願いを叶えてあげるのが、まさか認知症になってからになるとは思いませんでしたが、不安よりも「今行かないと」と思い切って連れ出しました。
日常ではうちに帰りたいと何度も言う母。そして私が帰る時には恨めしそうな表情ときつい言葉も度々飛んできました。旅行を思いついたのはそんな日々の中でした。ちょうど私の収入も少し安定し、やっと母を旅行に連れていける気持ちの余裕ができた時期でした。「もっと早く行けていたら…」という思いもありました。
施設のスタッフさんには「入居者さんで旅行に行くなんて珍しいです」と言われ、少し不安にもなりました。
けれど、認知症の進行を考えると、二人での旅行はギリギリだったのかもしれません。
思えば、本当に貴重な時間でした。
その時は、これが“最後の旅行”になるなんて、少しも思っていませんでした。
「親孝行したい時に親はなし」・・・本当にその言葉の重みを感じます。
母は若い頃からスポーツ万能で、年を重ねても体は健康そのもの。
大きな病気をしたこともなく、この頃は力も強くシャキッとしていて、年齢よりずっと若く見えました。
記憶は吹っ飛びますが、私のこともわかっていて会話も普通にできていました。
内容は何度も同じ話や、ちょっと不思議な話も多かったけれど😅
ただ、使い慣れたトイレでないと流し方がわからなかったり、鍵のかけ方に戸惑ったり。
ちょっと目を離すと、タッタッターとどこかへ行ってしまうこともあり、常に気が抜けませんでした。
一泊二日のバス旅行。
久しぶりの大きな観光バスに、母は少し戸惑いながらも窓の外を楽しそうに眺めていました。
私もバスで食べようとおやつを買って、小学生のころの遠足みたいな気分。
ホテルに着くと、家族風呂で二人でゆっくりお湯に浸かりました。
そのとき、初めて母の背中を流しました。同時にあらためて初めてなんだなーとも思いました。
夕食のあと、ホテルのカラオケBARへ。
母は大好きな歌を次々と歌い、まるで舞台の主役のようで、上機嫌でした。
母が先に休んだあと、しばらくして目を覚まし、ガバっと起きて私の顔をじーっと見て言いました。
母「…あれ? あんた〇〇?なんでいるの?ここは…どこだったかな?」
私「ふたりで旅行に来たんだよ。今日は横で寝るんだよ。」
母「ほんとに?ありがとう!!」
そう言うと、母は涙をこぼしました。
「ありがとね、連れてきてくれたんだね。ほんとにありがとね」と何度も。
その瞬間、恥ずかしい気持ちと同時に胸の奥がぎゅっと締めつけられました。
あぁ、やっぱり来てよかった、少しでも心に残ってくれたら・・・そう思いました。
そのやりとりが30分おきに何度か続き、私はほとんど眠れなかったー😅
それでもあの夜の「ありがとう」は、私の心に残る一生の宝物です。
旅行は2019年、写真の通り紫陽花がとても綺麗な6月の梅雨の晴れ間、コロナで外出ができなくなる前年のことでした。
今思えば、あのタイミングで行けて本当によかったと思います。
当時を想い、いつかまた訪れたい。今度は大切な人と行って想い出を話せたらと思います。母とふたりでホテルへの感謝を記した部屋に備え付けてあった「想い出ノート」まだあるかな…。
  
  
  
  

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