ある日、母が「認知症」と診断されました。
おかしな言動や行動が続き、何度も病院へ。行くだけでも一苦労で、母はいつも「どこも悪くない!なんでそんな検査を受けなきゃいけないの?」と抵抗していました。
72歳で受けた診断結果は、やはりショックで「信じたくない」という気持ちが一番に立ちました。
祖母も認知症を経験していたので、どういう病気かは知っていました。治らない、特効薬はない、進行すれば元には戻れない――頭ではわかっていたのに、受け止めきれませんでした。
診断のころ、父は長期入院中。私は経済的にも心にも余裕がなく、母の変化を抱えきれない状態でした。
身近に同じ経験をしている人もいなかったので、誰にも相談できずにいました。
「一緒に暮らしたほうがいいんじゃない?」
そう言われるのが怖かったのだと思います。周囲の目を気にして「そうしなくちゃならないのかな」と思いながらも、結局その選択はしませんでした。
それが正解だったのかは、今でもわかりません。
でも、今の私があるのはその選択をしなかったからかもしれない。正解なんて、最初からないのかもしれません。
母のことを少しでも理解したくて、認知症の人の頭の中を知る本を読みました。
できることはしなくては――その思いから、兄弟と協力して毎週のように実家へ行き、母の様子見に行ったり、外へ連れ出したりしました。
「寂しさが進行を早める」という知識もあり、焦りながらも「なんとか進行を遅らせたい」と必死でした。
母が認知症と診断されたあの日。
その時に抱いた「信じたくない」という気持ちは、今でも鮮明に残っています。
この出来事は、私の人生の大きな分岐点でした。
もし同じような状況の方がいたら、少しでも気持ちが軽くなりますように。。
そんな気持ちで書いていきます。
つづく
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